商人タニの流儀

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セイジとは半年程前までは オレっちの所属する キャバクラ【リアム】で 4ヶ月程一緒に働いていたが コイツがかなりの問題児で みんな手を焼いて呆れ返って 見切りを付けていた。 ・・ただ店長1人を除いては。 サボリや客とのトラブルは当たり前。 店長から叱られても我存じずで 遅刻10分2000円・当日欠勤1万円 無断欠勤2万円と高い罰金にも関わらず 毎週の様に繰り返しコンプリートしてた。 ※これはどの店にも関わらず 水商売ではポピュラーな相場額である。 もちろん例外なくキャスト(嬢)も 同様のペナルティーとして罰金が科さらる。 仕舞いには罰金を理由に 天引きされ過ぎで給料が少ないと 身から出た錆なのに逆ギレする始末。 そしてある日。 フジが務めてる系列店の【ノエル】のNo.1の キャストに裏でちょっかいを出していた事が 迷惑がっていたその嬢のクレームに近い 告発でバレて大問題となった。 当然No.1のその嬢はセイジなど相手にせず 言い寄られても軽くあしらってたらしいが あまりにしつこさにストレスに耐え切れずに 告発に至ったらしい。 客観的事実として風紀未遂である。 普通ならその場で首を切られても おかしくは無い事案だったが。 人情派の店長が代わりにノエルのスタッフや そのキャスト本人に自分の教育不足だとして セイジの代わりに 許しを請う形で深く頭を下げた。 人望が厚い店長の顔に免じて 厳重注意に留まり処分を間逃れた。 その矢先の事だった。 そんな店長の恩義を無下にするかの様に セイジが突然店を辞めて【トランスグループ】 に移籍すると啖呵を切ると。 店長の説得も虚しく差し伸べた手を 振り切り店を辞め移籍したのである。 オレっちはそいつが 今でもどうしても許せなかった。 ********************* タニ 『モトさんなんで あんな奴の事庇ったんですか!?』 『こらこら 営業前だけど業務中だぞ店長と呼びなさい』 谷屋を優しい口調で(たしな)めてる男は キャバクラ店【リアム】の店長 本宮 洋(もとみや ひろし) 通称 モトさん 62歳 タニ『すっ...すみません』 モトさん『おしぼり巻き※終わったら ちょとスタッフの給料計算しなきゃだから 悪いけどトイレ掃除もお願いねー』 そう言い話をはぐらかされた。 リアムの従業員は俺っち含め7名居るが オープン準備や雑務は 2時間前に店長と1人だけ 毎日当番制ローテーションで行い 他の人間は1時間前に出勤してくる 今日がその当番の日だ。 モトさんはこの業界で キャリア30年以上の大ベテランだが 遅咲き50歳にして店長の座に着くまでは 決して順風満帆という訳では無く 先輩は愚か自分より 二回りも年下の若者にも()き使われ 時には大失敗して怒鳴られながらも 努力と根性でそこまで上り詰めたのだと だからあの人の下には付いれば学べる 所が沢山あると思うよと 水商売歴の長い先輩方から聞かされた。 それでも従業員やキャスト 誰に対しても偉ぶる訳でも無く 隔たりなく愛情を持って接してくれる。 そんなモトさんに 俺っちはこの業界の大先輩として、 いや、人生の先輩、人間として。 尊敬の念しかなかった。 トイレ掃除もお手のもので ササっとピッカピカ完璧! 最初は雑だとか遅いと叱られたもんだ タニ『店長!終わりました!』 モト『おー随分と手際良くなったね〜』 タニ『ありがとうございます!』 モト 『あの…セイジ君の事だけど…聞きたい?』 タニ『是非ともお願いします!』 モト 『そうか。谷屋君は水商売の世界を ボーイの仕事をどう捉えてるかね?』 いきなりどこか試されるかのような 返答が難しい質問が来た。 セイジの話はどこに…。 タニ『華やかなイメージあるけど やってみると裏方の大変さを知りました!』 そう答えるとモトさんは穏やかな 表情でクスッと笑い微笑みこう続けた。 モト『裏方が大変なのはそうなんだけど もう少しだけ色々と見えて来るといいね〜』 オレっちは首を傾げる 完璧で無難な模範解答だと思ったのに。 モト『あくまでも主役は席で接客する 女の子達であってその裏で大変な苦労と 努力してるのはウチら以上に彼女達の方だよ』 タニ『・・なるほど』 モト『その苦労や努力をお客様に悟られずに 夢を与え楽しませる女の子達に客席では キラキラ輝いてもらう為にフォローするのが 黒子に扮するウチらボーイのお仕事だよ。』 タニ『とても勉強になります!』 モト『いかんいかん少々説教臭くなったね』 タニ『いえ。とんでもないです!』 この人の言葉はスッと言葉が入って来る。 けど、セイジの話は?…。 モト 『この世界に集まってくる人間の多くは 社会に順応出来ず民衆に取り残され 虐げられた人間や、弾き出された人間達だ。 もちろん私を含めてね…。』 タニ 『確かに自分もですが キャストもボーイ連中も 皆な色々な過去があり。訳アリですもんね。』 モト 『うんうん。そんな人間に社会との繋がり貢献への架け橋として。そして、受け皿として存在するのが水商売の世界だと私は思うんだよね。』 いつの間にかセイジの事など忘れ オレっちはモトさんから紡ぎ出される 言葉にに釘付けになっていた。 トモ 『谷屋君。君も若いがセイジ君はまだ19だ。 この業界に救われた私みたいな人間が 手を差し伸べずに誰が差し伸べるんだい?』 タニ『しかし!』 思わず大きい声を出してしまった。 トモ 『レッテルを貼り見切りを付けたら それまで彼が出会った大人達と変わらないじゃないか。私はそれが嫌だっただけだよ。 若い内は失敗や間違いは付き物さーね。』 うぐぐ。トモさんにそう言われると 何も言い返せないが。 その恩義を無視するかのような 無礼な態度でセイジが取った行動が トモさんの想いを知れば知る程許せないし不憫でならなくて悔しさが込み上げて来る。 タニ『・・わかりました。』 トモ『ありがとうね。谷屋君。 きっと、私の事を思って。セイジ君の事で 怒ってくれてたんだよね。見返りはいらない。 いつか彼も思い出してくれれば嬉しいけどね。』 そう言いながらオレッちに微笑んで来た。 その優しい笑顔を見て今回のセイジの件は 自分の中で落とし込んで納得し この時はこれで終わりにしようと思った。 ※おしぼり巻き 新人の仕事で先ず初めにやらされる 仕事としてトイレ掃除はイメージあるだろうが これもまたその一つで 意外と簡単そうに思ってるだろうが キレイさ速さが求められる作業である。 慣れて極めてくると 両手の掌で2本同士に巻けたりする。 因みにツメシボは冷たいおしぼりの略称 カワシボは乾いたおしぼりの略称。 両手のを擦り合わす仕草が ツメシボを頼むハンドサインになっており 嬢がその仕草をしたらボーイが客席に 冷たいおしぼりを即座に渡しに行く。
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