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モト
『谷屋君。ところで話は変わるが。
ちょっといいかね?』
タニ『はい!なんですか?』
モト
『君は最近お客さんもそれなりに
引ける様になったし店内作業はなかなか
手際も良くてなってきて見どころがある。
なにより延長交渉が上手くて成長著しいね』
急に不意に褒められて照れ臭くなる。
タニ『そんな・・ありがとうございます!』
モト『きっとそういうタイプの人間は
付け回し※も数を熟ば上手くなると思うから
近い将来頼む事になるだろうから精進なさい』
タニ『・・でも付け回しはアツシさんが』
アツシさんとはフロアマネージャー
を務める谷屋の先輩である。
モト
『歳も歳だし僕もそろそろ生い先長くない
引退する時に代わりに店長を務めさせようと
してるのはアツシ君だからね〜。』
タニ『そ、そんな・・・。』
まだまだ現役でいけますよ!と
谷屋が声に発しようとするのを
察したのか遮るように
本宮は穏やかな表情で話を続ける。
モト
『ふふ(笑)ありがとう。
けれども最近では体力の限界を感じててね』
タニ『・・そうですか。』
モト
『その時迄には谷屋君が一人前の黒服に
なれるように教育しなきゃね』
タニ『あ・・ありがとうございます!
今まで以上に精進して頑張ります!』
そう聞くと谷屋は
鼻息荒く本宮に尋ねる。
タニ
『店長!もっと成長するには
どうしたらよろしいですかね!?』
モト
『聞いて覚えるより
先輩の背中を見て覚えろ・・!』
と、勢いよく言ったあとに吹き出して笑う。
モト
『な〜んてね。これは昔に憧れていた
先輩の受け入りの格言だよ。
時代錯誤かもしれんがね(笑)
君にはそういう
背中を追っかけれる人はいるかい?』
・・・うーん。
今まで考えてもみなかった。あっ!
タニ『1人だけ・・観察対象というか
意味分からなすぎて気になる人なら』
モト『ほう・・因みに誰だね?』
タニ『ハーレクイーンの葵さんですね』
モト『おー!四羽鴉の蒼くんかぁ〜
彼はすごいね〜目の付け所良いと思うよ』
タニ『そうなんですかねー俺は
あの人はこの業界に向いて無いと思います』
それを聞きモトさんはニヤける。
モト『僕は彼はこの街で埋もれるには
勿体無い器の持ち主だと思ってるよ』
タニ
『いや、確かに客引きの才は凄いですけど
余計に甘いというかアンバランスというか・・
正直あの人は、馬鹿だと思います。』
モト
『彼みたいに邪な気持ち
打算や私欲無しに店に・・・。
いや、この街吉祥寺に関わる全ての
人間とお客さんの笑顔の為だけで
頑張れる子はそうそう居ないからね』
そうなのである信じ難い事だがあの人は
どんな相手にも馬鹿正直で
一切の曇りが無く晴天の青空みたいな人だ
故にいつかこの業界の闇にのみ込まれたり
足元をすくわれるんじゃないかと
見てて危なっかしくおっかないのである。
モト
『・・まぁ。
伊達にこの業界に長く居る訳じゃないし
僕も谷屋君が危惧する
気持ちは理解出来るし解らんでもないよ。』
タニ『そうなんですよねー』
モト
『今まで沢山のこの業界に関わった人々を
見てきたけど、初めは彼みたいな
純粋無垢だった人間もこの業界に長くいると
大抵スレて染まって初心を忘れるもんだ』
その言葉を聞き谷屋の脳裏には
殿山の学生の頃とは
変わり果てた光を失った虚な表情が浮かぶ。
タニ
『あの人は、四羽鴉に任命されてからも
最初出会った頃と何も変わらないから
呆れ通り越して宇宙人だと思ってます』
モト
『宇宙人とは上手い表現だね(笑)
けれども、そんな彼でも必ずいつか
迷い信念を貫けるか促される時が来る。』
その言葉を聞いてうんうんと頷く。
モト
『彼が岐路に立たされた時。谷屋君。
君が支え進むべき道を示してあげなさい。』
タニ『じっ・・自分がですか!?』
モト
『そうそう。君は蒼君とは全くタイプが
異なるけど、感情に流されずに
物事を冷静に客観的に観れると思う。』
タニ『・・まあ。それは確かにですけど。』
モト『彼の隣にはそういう人間が必要だよ』
なんかちぃーと小っ恥ずかしいな。
モト
『その時が来た時に彼の背中を追っかける
のでは無く。それまでには
肩を並べていられるように精進なさい』
谷屋のこの業界に足を踏み入れた頃の
考えは。あくまでも水商売の世界は
裏社会の情報屋として大成する為の
足掛かりであり踏み台に過ぎなかった。
しかし、この本宮 洋という存在と
蒼 颯太という存在との出会いによって
大きく変化し、この頃にはこの業界で
伸しあがり成り上がりが目標になっていた。
タニ『はい!ありがとうございます!』
彼は珍しく眼を輝かせそう溌剌と答えた。
モト
『少々説教臭くなってしまったね…。
老害だなんて思わないでくれよ(笑)』
タニ『とんでもありません!』
モト
『最後に爺いの与太話だと思って
聞いてもらいたいけど
僕の勘は良く当たるんだよね』
タニ『勘?・・ですか?』
モト
『さっきは蒼君は吉祥寺で留まる器では無いと言ったけど前言撤回でもしかしたら彼は将来この街の水商売の在り方まで
変え得る存在になるかもね。なんてね(笑)』
タニ『まっさか〜(笑)』
そうおちゃらけて
この一連の2人の会話締め括られた。
その時は流石にそんな大それた話は
谷屋も流石に鵜呑みにはしなかったが
後にこの本宮の勘は見事的中するのだが
それはもっともっと先のお話である。
※付け回し
お客様の卓に
嬢を紹介して宛てがい席につかせる役割。
そのタスクは多岐に渡る。
嬢個々の性格や接客タイプの把握。
フリー客の好みのタイプ予測。
会話が弾んでるかどうかのチェク。
場内指名が入らなかった嬢や
指名被りの嬢の抜き差しのタイミング。
嬢への気遣いとモチベーターとしての役割。
全卓のセット時間管理。
場内指名やドリンクやボトルの
オーダーが入るか否か延長が取れるか否か
全て付け回しの技量で左右されるとまで
言っても過言では無い。
ある意味店の売り上げに直結する
店長クラスを目指すなら
避けては通れない最重要ポジションである。
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