縁の管理人 第4章

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縁の管理人 第4章

「……ってことがあったんだ」 「へぇ、なるほどねぇ。垣石では霊と直接対話することで選別してきたのか。霊媒師らしいやり方だな」  佳苗の家で勉強させてもらった夕食時。相変わらず人のご飯を摘み食いする清を諌めながら、その日見聞きしてきたことについて清に話していた。  食卓を囲むのは清と私の二人だけだ。主人と同じ席で食事をとるわけには、と言って引かない頑固な紫乃はもちろん、遥もまだモデルの仕事から帰ってきておらず、ここにはいない。立て込んでいるらしく、このところ遥の姿をあまり見ていないが、ちゃんと食事は取れているのだろうか。 「で、相談なんだけど、うちでも依頼の選別できないかな? 判断基準もわからないし、何でもかんでも引き受けるわけには行かないしさ」  清に話したのはただ今日あった出来事を聞かせたかっただけではない。本題はこれだ。依頼をどこまで受けたらいいのかの判断基準がほしい。せっかく佳苗から貴重な機会をもらい勉強することが出来たのだから、生かさなければなんの意味もない。そう思い、この神社について最も詳しいであろう清に打ち明けた。 「依頼の選別か……うーん」 「なにか心当たりはない? おばあちゃんがなにか別の術を使っていたとか、誰かに相談していたとか、小さいことでいいから思い出せない?」 「術……相談……、あ!」 「思い出した!?」 「あるある! 判断する方法ならあるぞ!」 「あるの!?」  果たして名案は見つかるのか、と不安に思うこと暫し、長考の末の彼女の提案は実に理にかなったものであった。 「俱生神(くしょうじん)を知っているか?」 「くしょうじん?」  清曰く、俱生神とは人が生まれてから死ぬまでの行動を記録するのだ神様だという。人一人につき、男神の同名(どうみょう)と女神の同生(どうしょう)の二人が担当する。同名は善行を、同生は悪行を記録しており、死後の審判での判断基準とされるのだそうだ。 「その俱生神って神様に依頼人の情報をもらうの? そう簡単に教えてくれるのかな」 「相手は仮にも神だ、人間相手だと厳しいだろうな。信頼関係を築いてもいない人間に軽々しく教えるほど、彼らも口が軽くない。それに、彼らは人間に姿を見せないしな。たとえ霊感のある人間であっても、見ることは出来ないぞ」 「えっ、じゃあどうしたらいいの?」  話が出来ないどころか、姿を見ることさえ出来ないのなら、調査結果を聞くことはおろか、情報をもらえるか交渉することさえ困難ではないか。けれど清は私の反応など見透かしていたようで、ニヤリと笑うと誇らしげに胸を張った。 「人には軽々しく教えない。じゃあ誰相手になら言えると思う?」 「人じゃない……となると、清が出来るの?」 「うむ。私のような精霊であれば可能だ。だが今回の役割は私ではないな」 「そうなの?」 「私には儀式の準備という大事な仕事があるからな。他の者にやらせる」  清の言う大事な仕事というのは儀式に必要な霊力貯蓄のことだろう。神子自身の霊力はもちろん必要だが、それだけでは儀式を行うのに十分な霊力がない。実際これまでもこの山の筆頭精霊である清の力あってこそ儀式を成功させられていたのだから。 「清じゃない、他に出来る……あ、もしかして」 「お、辿り着いたみたいだな。そう、木霊だ」  自分がこれまで関わりあいを持ってきた精霊であり、清が指図できる存在と言えば木霊しかいなかった。家を出れば、必ずどこからともなく声をかけてくる、姿のない精霊、木霊。彼らなら出来るというのか。 「木霊は無邪気で柔和だからな。相手の心の内に入ることも容易いし、楽に俱生神の協力を仰げるぞ」 「確かにいつもフレンドリーだしね。元々知り合いの私たち相手じゃなくても、気兼ねなく話しかけてそう」  元々、木霊は誰彼構わず話しかける性質がある。大抵は木々のさざめきと認識されることが多いが、霊感のあるなし問わず語りかけるため、時に声を聞き取れてしまった人の場合、どこからか聞こえてくる声に怯えてしまう人もいる。相手から反応があれば喜ぶが、なくとも気にしない。自由気ままな気質である。 「信頼関係を築けていないと流石の木霊も手伝ってはくれないが、お前はその点問題ないだろう。出歩く度に話をしているし、顔も名前も知られているからな」 「毎日話しかけてくれるしね。その点はきっと大丈夫! それにおばあちゃんも俱生神や木霊を頼っていたならお願いしやすいしね」 「あー、いや、それなんだが」  いい解決策を教えてもらえたと喜んでいると、清はなぜか気まずそうに頬を掻いた。 「結は基本的には自分一人で判断していて、ほとんど俱生神には頼ってなかったんだ」 「えっ? じゃあおばあちゃんはどうやって判断してたの? 実は他に画期的な方法があったとか?」  歴代神子も使ってきた方法と聞いていたのに、直近の先代は頼っていなかったとはどういうことか。別の手段があるのかと期待しながら尋ねると、清は困ったように笑いながら首を振った。 「結は歴代の中でも稀に見る天才肌でな。依頼をもちかけられた時点でこっそり自分の霊力だけで術を発動させて、縁の糸の濃さや太さなんかで縁を結びたい相手との縁の深さを確認して判断してたな」 「えっ」 「それに話術にも長けていたから、会話の端々から情報を拾ってその場で依頼を断ることも多かったぞ」 「お、おばあちゃんってそんなにすごかったんだ」  おばあちゃんは精霊の力を借りず、自分の力だけで術を発動、判断をしていたという。思わぬところでその偉大さを知ることとなった。 「昔から神子一筋だったからな。才能がある上にその道一本で生きてきたとなると、そりゃあ優秀な神子にもなる」 「わ、私もおばあちゃんみたいになれるのかなぁ」 「まぁあれは元々の才能に加えて修練と経験の賜物だからな。あのレベルは難しくとも、修練を積んでいれば他の歴代神子クラスにはなれるだろうよ。大丈夫だ! お前もあの結の血を引いているし素質もあるから、変に心配することは無いぞ」 「ガ、ガンバリマス……」  身内の能力の高さを痛感させられた後に、フォローを入れられても素直に受け止められないのが実状である。かえってプレッシャーだ。数年神子業を離れていたのだから、実力に歴然の差があるのは当たり前なのだが、歴代神子レベルならいつかはなれるのだとしても、一体それは何年先の話なのだろう。気を引き締めるつつも、口からは乾いた笑いしか出てこなかった。 「まぁそんな結でも判断に迷った時は俱生神に頼っていたし、彼らの力を頼ってみるのはいいと思うぞ」 「う、うん。ひとまず木霊にお願いしてみるよ。相談に乗ってくれてありがとう」 「おう! 頑張れ未来の神子様!」 「ははっ、はーい……」  解決策が見つかり安心したと同時に、改めて神子の跡を継ぐプレッシャーがのしかかる。やると決めたからにはやるしかないかと先への不安を胸に抱きつつ食事を再開すると、いつの間にかご飯の量が減っていた。どうやら話をしている間にまた清が盗み食いをしていたらしい。けれどそれを注意する程の余裕はなく、食べられてしまった分は情報提供料だったとして自分を納得させることにした。
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