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『あなたが勇気を出して謝った事で、ささやかながら沢山の人達が幸せになれたのです。意固地にならずよく頑張りました。さて、それでは約束通り極楽にお連れします。さあ、川を渡っていらっしゃい。あなたはもうこちら側の住人です』
鬼がそう言うと川の水がすぅっと引いた。
優しい鬼の手招きに導かれ、婆はゆっくりと川を渡る。
一歩、また一歩と踏み出すたびに婆の老いた身体が若返り、向こう岸に着いた頃にはすっかり娘時代へと姿を変えた。
そして、渡り切ったそこに見たのは果てなく続く花畑。
『わ、若返った!すごいねぇ、身体が軽いよ。膝も腰も痛くない!』
『それは良かった。さて、ここがあなたの極楽です。花がとてもきれいでしょう?ここにはあなた以外に人はいません。元々人付き合いが苦手なあなただ、かえって気楽と思いまして。なに、退屈はしませんよ。だってここには、』
と、言いかけたその時、
ニャニャーン!
天高らかに響く可愛らしい鳴き声が鬼の言葉を遮った。
『おや、私よりマルさんに聞いた方が良さそうですねぇ』
そう言って笑う先には金色の瞳が美しい、若くしなやかな黒猫の姿があった。
『黒猫?マルに似てる……でも違うよ、マルは十年前に死んだんだ。それにあの仔は私と一緒でヨボヨボの年寄りで、あんなに若くは……』
そこまで言ってハッとする。
そうだ、ここは死者の国。
三途の川を渡った者は若返る。
現にこうして自分だって……なら、あの猫はマルなのか?
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