数える

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 数えて! という声は、毎回違う声だった。男の声のときもあったし、女の声のときもあった。子どもの声。大人の声。しわがれ声。高い声。あらゆる種類の声があらゆるタイミングで聞こえ、しかも私はいつでもそれに従った。「数えて!」その声に応じ、数える。  数えて! と声がするからには、数えなくてはならない。これまでにそれはもう様々なものを数えた。家から一番近いタバコ屋の自動販売機の飲料水は36種。手の指は10本。足の指は10本。手の爪は10枚。足の爪は10枚。床に落ちている髪の毛は107本。布団の花柄は79輪。駅前の横断歩道の白線の数は8本。駅前の横断歩道を一度に渡る人数は31人。エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ。数えあげればきりがない。  飯をよそって箸を持ち、茶碗の中をのぞきこんだ瞬間に「数えて!」あのときのことは思い出したくもない。翌朝から米を炊くのをやめた。六枚切りの食パンを買ってきて食べることにしている。今朝の残りのパン、5枚。  本を読むときなどに聞こえると悲惨だ。声は計算を許さない。三十九字が十五行あるととっくにわかっているというのに、ページに顔を近づけて、ひとつひとつ文字を数えずにいられない。……を、知、っ、て、い、る、の、は、……「、本、当、に、が、つ、が、つ、……強、制、給、餌、を、経、て、肝、臓、を、……内容など分かるはずもない。文庫本、268ページ、110339字。     
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