数える

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 その夜もやはり羊を数えようとして、しかしなんだか急に全てが嫌になった。「数えて!」何を、どうして、と私は思った。「数えて!」もう一度声が聞こえた。私は数えなかった。私は疲れ切っていた。枕元の安定剤をひっつかみ、個数も数えず、医者に教わった量の何倍もを飲みこんだ。死んでも構わなかった。私は疲れ切っていて、もう本当に何もしたくなかった。死んでも構わなかったのだ。  暗転。羊が寄ってくる。わらわら、わらわらと、どこからか湧いてくるように寄ってくる。群がる羊の頭は私の腰のあたりに集まっている。私を中心にして羊の海が、白くどこまでも広がっている。無数の羊。つくりものみたいな楕円の瞳が無感動に私の眼を覗く。私にはもう声もない。羊たちが動きを止める。  一瞬、その場に水を打ったような沈黙が走った。それから羊がいっせいに喚きはじめた。「数えて! 数えて!」すべて人間の声だった。男の声。女の声。子どもの声。大人の声。しわがれ声。高い声。どれも聞き覚えがあった。それらはいままで私に数えることを命じた声たちだった。何を数えろと言うのか。何百何千の羊の声の正確な数か。どうして数えろと言うのか。「数えて! 数えて! 数えて! 数えて!」私は立ち尽くす。何百何千の羊の合唱はいよいよ悲鳴のような響きを帯びてくる。「数えて! 数えて! 数えて! 数えて!」何を数えろと言うのか。どうして数えろと言うのか。「数えて! 数えて! 数えて! 数えて!」  そこで夢が終わる。私は目を覚ます。     
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