人形(ひとがた)の恋

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   二  始まりは、Iという青年が、日野里子の書生として、現れた時からなのです。  何故、イニシュアルを青年の名称を表す語としているのか、それは後ほど判ります。なので、ここでは敢て、I君として、了承をお願いします。  I君は見た目に難がある人物でした。蓑虫のように曲がった背中に、飛び出た前歯、奥二重に頬より低い鼻。髪の毛も癖毛で、その癖伸ばしっぱなしなものだから、収まりがつかず、いつもぼさぼさ。  こんなんだから、生まれてこのかた、二十四年間、友人と呼べる者もなく、勿論、女性関係も皆無なのです。  いつも鬱々として、何故自分はこんな容貌に生まれたのだろうと、嘆かない日はありませんでした。だから厭世人となり、ここ数年は本をばかり読んで、日々を過ごしていたのです。そんな折、偶々手にとった日野里子の小説に感銘を受けて、書生にして欲しいと、彼女の自宅まで押しかけたのです。  無論、最初は断りました。それでもしつこく食い下がるI君に、根負けして、日野里子は家に入れてしまったのです。  その時のI君の言はこういうものでした。 「家事全般をやらせていただきます。あなたの身の回りのお世話も、全て悦んで引き受けます。それに、それに私は、小説家を志しております。あなたのような小説を書いてみたいのです。だから、どうかお願いします。私を書生として、お傍に仕えさせてください」  そこまでいわれては、もはや無碍に帰す訳にもいかず、さりとて仕方がなく、書生として雇ったのです。    
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