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日野里子としては、I君の容貌に多少の薄気味悪さを感じてはいたものの、これ以上すったもんだをしたら、何をされるか判らない。身の危険を感じたのです。
ところで、I君が感銘を受けた、日野里子の小説とは如何なるものだったのか。
貴方様はお気になりませんか?
その小説とは「図覧回覧」という題名でして。或る若い女性が、全国行脚し、各地の男性と身体の関係を結び、ついに胎に児を宿すのですが、どこの誰の児かも判らず、果てには生まれた我が子を殺し、稚児の肉を喰らい、そして精神に異常を来すという、なんとも批評のし難い小説でした。
何とも悪趣味で、厭らしい小説でした。I君は稚児を食らう女性の描写に衝撃を受けたのであります。
それまで大衆受けのよかった日野里子の小説が、大幅に変貌を遂げたのであります。その裏には秘密がありました。
それをさらりと明かしてしまいましょう。
「図覧回覧」の作者は、実のところ日野里子ではないのです。名義は彼女の名義ですが、実作者は全く違う人間でした。
狭山合掌という名の男で、彼は日野里子とひとつ屋根の下に住まう、恋人でありました。
彼は、度々、日野里子の小説のアイデアや執筆の助けをしていたのです。
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