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月光
夏休みにはサークルの合宿がある。
定期演奏会に向け廃校を借りて一週間、
一日10時間ギターを弾く大真面目な合宿だ。
俺はゆり子に抜いてもらった音も入れて弾けるようになっていた。
俺はゆり子の視線を追う。
楽譜を見る時以外は篠田を追っている。
瞳が一途で、悲し気だ。
それを見るたび俺の胸からみぞおちに冷たいものが落ちた。
どこかへ行って、苦しいものを全部吐き出したかった。
5日目の夜、
俺は散歩のつもりでひとり廃校の薄暗い廊下を歩いていた。
体育館からギターの音が聞こえる。
1001番のフーガだ。
田舎は街灯もまばらで、真夜中は月の光だけが廃校に差し込む。
体育館の隅で、ゆり子が月光の中、小さな音で弾いている。
「森田君。」
近づく俺に気づきゆり子はギターをケースに寝かせた。
「今の1001番ですよね。」
「ええ。」
「篠田さんの独奏曲だ。」
「…」
「知ってますよね。婚約者がいる事。」
「曲が好きだから…」
「いくら練習したって篠田さんは先輩の事、好きにならない!」
「みんな寝てるのよ。大きな声で…。」
ゆり子は椅子から立ち上がる。
「私もう寝るから」
踵を返したゆり子の背中に月の光がさす。
髪にも、肩にも、腕にも、肘にも。
なんてか細い。
俺はゆり子を後ろから抱きしめていた。
抗う隙も与えず、
ゆり子を抱きしめたまま月の光の底へ沈み込む。
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