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別れ話だ、と美智子は察した。園田は工房に引っ込んだまま、レインレインのほうへ出てこなかった。美智子はこのとき、園田が華に惚れているという確信を強めた。
数日後の朝、華は長かった髪をばっさりと切ってアルバイトに現れた。どうしたのか、と野暮な質問が美智子の口を突いた。華はため息とともに答えた。彼氏と別れました。もう一生、伸ばしません。
美智子は、働く華の後ろ姿に目をやった。華はカウンターを離れ、木製の本棚を乾拭きしている。
斜め後ろから見ると、短い髪に隠された耳のてっぺんあたりに複数のピアスが付けられていることがわかる。いつのころからか穿たれたピアスは、まじめな華が唯一見せる反抗的態度だった。華は本当は、決して、美智子に懐いてなどいない。
***
午後六時に閉店し、十五分ほどで掃除と戸締まりをすませ、園田と午後番のアルバイトスタッフを帰らせると、美智子は決まって、なじみの割烹へ向かう。
京風料理を瀟洒な器に盛り付けて出すこの割烹は、学生が自転車を連ねて走り回る通りから、一筋入った場所にある。高級住宅地のとば口だ。客には、大学関係者と見える風貌の男性が多い。
美智子はカウンターに着く。燗をつけた酒を、徳利に一本。食事は店主に任せてある。今日は、つきだしに菜の花の辛子和えが出された。
「いいわね、大将。あたし、菜の花が好きなのよ」
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