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まだ四十に届かない大将は、年の割に老けた印象の馬面をくしゃくしゃにして微笑した。ママさんが去年の春もそうおっしゃっていましたので。
つきだしに続き、旬のものの天ぷらも、美智子の舌を楽しませた。酒と食事に満足していられるうちは、今のまま、何一つ変わる必要などない。
美智子は、余計なことは気に留めない。
余計なこととは、つまり、菜の花の旬がめぐり来るたびに歳をとっているのだとか、歳をとるたびに血圧が上がっているのだとか、血圧が上がれば明日にも父のような死に方をするかもしれないとか、そうした事柄どものことだ。
しっとり甘い味付けの卯の花には、えんどう豆が彩りよく混ぜ込んである。口の中でほろりと崩れる黒豚の角煮は、黒糖を使った独特の風味がおもしろい。茶そばで海老を巻き、さっと素揚げした一品で、腹が膨れた。
会計をすませ、目と鼻の先のマンションへと帰宅する。マンションと店と割烹。徒歩十分圏内が、美智子の活動範囲である。部屋に帰れば、風呂に入って寝るだけだ。
美智子は、風呂上がりには必ず、クローゼットの扉に張られた姿見に全身を映す。部屋着は、飾り気のないパイル地のネグリジェだ。
「服の上から見るぶんには、変わってないんだけどねえ……」
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