バゲット慕情

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 バゲットは、俗に言うフランスパンの一種だ。大型の棒状で、フランスの一般家庭では、最もよく食されているパンだという。  美智子の営むパン屋では、バゲットを販売していない。一人暮らしの学生が多いこの町では、バゲットのような大型のパンより、テーブルロールサイズの菓子パンや調理パンのほうが喜ばれる。  間もなく午後一時半になろうとしている。店内は静かだ。客は一人。顔なじみの大学院生が、昼前から、喫茶スペースでコーヒー一杯を相方に読書をしている。  販売スペースの客足は、からきしだった。売れ残りが出るだろう。  二月も半ばを過ぎると、国立大学のすべての学部で期末試験が終わり、客である学生たちの多くは郷里へ帰省してしまう。毎年、春休みと夏休みには、美智子のため息の数が増える。  まあ、いい。この暇な時間を利用して、午後番の新人にコーヒーの淹れ方を教えよう。  美智子はレジ台の椅子を立った。新人の吉川は、髪などいじりながら佇んでいる。美智子はまた、ため息をついた。吉川が華のように育つには、だいぶ時間がかかるだろう。  いちばんの戦力である華がここを辞めるのは惜しいが、進学と引っ越しを控えた彼女には祝いの言葉を贈るしかない。  やっぱり、この季節はいやだわ。     
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