バゲット慕情

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バゲット慕情

「バゲットを焼いていただけませんか?」  華は言った。  大学卒業のはなむけに何かおごろうか。今までしたこともない提案を切り出した美智子に、華は静かに、バゲットと言ったのだ。 「どうしてバゲットなの?」 「好きなんです」  ただ一言。この子は、いつもそうだ。少ない口数で、主張の核心だけを形にする。二十二の小娘のくせに、はしゃいだところも浮ついたところもない。華の独特に渇いた空気を、美智子は気に入っている。  しかし、二月いっぱいでこの店を辞めたいと華に告げられると、美智子は急に、どうでもいいおしゃべりを華と交わしてみたくなった。  どんな話題をどんなふうに振れば、華は口を割るだろうか。美智子が考えを巡らせる隙に、手早い華は帰り支度を終えてしまう。 「ああ、華ちゃん、お疲れさま。バゲットのこと、後で園田くんに相談しておくわ」 「ありがとうございます。お先に失礼します」  華は淡い笑みをつくり、浅く頭を下げて工房へ引っ込んでいった。アルバイトスタッフには、店の表側ではなく、工房の奥の勝手口から出入りさせている。 「それにしても、バゲットねえ……」     
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