1人が本棚に入れています
本棚に追加
バゲット慕情
「バゲットを焼いていただけませんか?」
華は言った。
大学卒業のはなむけに何かおごろうか。今までしたこともない提案を切り出した美智子に、華は静かに、バゲットと言ったのだ。
「どうしてバゲットなの?」
「好きなんです」
ただ一言。この子は、いつもそうだ。少ない口数で、主張の核心だけを形にする。二十二の小娘のくせに、はしゃいだところも浮ついたところもない。華の独特に渇いた空気を、美智子は気に入っている。
しかし、二月いっぱいでこの店を辞めたいと華に告げられると、美智子は急に、どうでもいいおしゃべりを華と交わしてみたくなった。
どんな話題をどんなふうに振れば、華は口を割るだろうか。美智子が考えを巡らせる隙に、手早い華は帰り支度を終えてしまう。
「ああ、華ちゃん、お疲れさま。バゲットのこと、後で園田くんに相談しておくわ」
「ありがとうございます。お先に失礼します」
華は淡い笑みをつくり、浅く頭を下げて工房へ引っ込んでいった。アルバイトスタッフには、店の表側ではなく、工房の奥の勝手口から出入りさせている。
「それにしても、バゲットねえ……」
最初のコメントを投稿しよう!