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藤原さんは四十九歳で、ぼくより二回りも上だけれど、とても話しやすい人だ。頭が切れて、ユーモアがあって、博識で、素敵な本も音楽もたくさん知っている。藤原さん宅へ訪問する月曜と木曜は、朝が極端に早いことを除けば、楽しみですらあった。
ぼくはヘルパーだ。体の不自由な利用者さんの自立生活を支援する事務所に籍を置いている。大学を卒業してすぐ、この仕事に就いた。人と接する仕事をしたいと昔から思っていたし、十代の情熱の大半を注ぎ込んだ演劇を続けられる職場を探してもいた。仕事はシフト制で、夜勤もあって、生活は不規則だ。でも、自分が自分でいられる時間が確保できることは、ぼくにとって何よりありがたい。
藤原さんとの付き合いは、そろそろ二年半になる。今ぼくが訪問している利用者さんの中で、二番目に付き合いが長い。
藤原さんは脊髄損傷で、首から下が不自由だ。若いころ、競泳用プールで、飛び込む角度をしくじってしまったらしい。さばさばとした藤原さんは、たまに事務所に顔を出して、同じく脊髄損傷で電動車椅子生活を送る所長と、お互いの事故当時の状況をからかい合っている。聞くからに痛々しい話で、ぼくとしてはとても笑えないのだけれど、彼らのコミュニティではこれくらいのブラックジョークが日常茶飯事だったりする。
その藤原さんと、きっと、まもなく会えなくなる。
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