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「そうか。僕は、僕はちゃんと生きることができるのか……」
僕はもう一歩足を踏み出した。胴より下が消えていくのが分かった。僕の前にいる彼にいたっては、既に胸から上しかなかった。彼は僕を急かした。急がなければ日が沈んでしまう。向こう側への道がなくなってしまう。
僕は足を踏み出す。
胸より下が消えた。肩が消えた。首が、口が、そして鼻が消えた。残りは目と頭だけだった。もう日が沈むまで十秒もなかったに違いない。
しかし、僕はそこで再び後ろを振り返ってしまった。もうないと思っていた僕の中の未練が、往生際悪く僕を動かしたのである。
公園が目に入った。
僕は驚いて、片方だけになった目を見開いた。真っ黒な暗い影しかないと思っていた僕の後ろには、一つの小さな公園があったのである。公園の中には様々な遊具があった。泥で汚れた滑り台があった。鎖が少し錆びれたブランコがあった。手垢のたくさんついた鉄棒があった。そして、視界に入ったのは公園だけではなかった。公園の外に目を向けると、様々な家があった。もっと遠くには、ビルが並んでいた。街があって県があって国があって、そして、そこには世界があった。
ああ、何故僕は気づかなかったのだろう。日が沈みつつある街というのはとても美しいのだということを。僕には世界のほんの一部しか見えていなかったのかもしれない。それがここに来て、こんな瀬戸際で、視界が開けてより多くのものが見えるようになった。そして、今見ているこの光景も世界全体のほんの一部でしかないのだろうと考えられるようになった。もちろん、新しく見えるようになった場所にも汚いものはたくさんあるのだろう。けれど、全てが汚いものであるとは到底思えなくなっていた。この広い世界には、僕が生きていけそうな場所が数カ所くらいなら残っているのではないかと、根拠のない期待が表れ始めた。この時僕の心の中では、埋められてから何十年も経って初めて希望の花が芽を出し始めたのである。
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