地球儀とランドリー

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地球儀とランドリー

序、 わたしがゴミ箱から逃げ出した一匹の虫で、その成体であるとやっと気づいたのは16も終わりに近い8月のことでした。 0 彼女が生まれた日は、冷たい雨の降る朝だったと聞いている。湿った落ち葉の匂いすらしてきそうな病室で、母親は懸命に陣痛をこらえていたのだという。その話を聞くたび、十代半ば頃の私は白くけぶった朝靄の中でふにゃふにゃと泣いている赤ん坊のことをなんとはなしに思っていた気がする。 そんな空想はいつの間にか固定されたものになり、細部まで形作られた。ベットサイドに置かれた青白い机に、窓辺に生けられたスプレーマム、引かれた緑色のカーテン。横たわる母親の横には小さな赤ん坊がさまざまなやわらかなものに慈しまれ眠っている。見たことも行ったこともない光景はもちろん、過ごした夜の狭間に紡がれたキーワードを繋ぎ合わせて作られた幻想なのだけれど。 毎年、この日を迎えるたびに今も思う。 その人は望む場所へ行けたのだろうかと、ずっと思う。 1 喉仏というのはおもしろい器官で、触ればゴツッとしているのにやわらかに動き、ときに死んだように止まり、目に見える命として拍動をする。     
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