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『助けてください 夫に浮気されました 私とつきあってるフリをしてほしいんです 家に来てくれませんか』
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『気づくのが遅くなりすみません。とにかく向かいます』
冷静になって見てみると無茶苦茶だし最低だ。一時的に感情が昂ぶっていたとはいえ、住岡さんの事を利用した。
菜々子さんが言っていた事を思い出す。
『健太郎はあなたの事が好きみたい』
馬鹿みたい。心がざわつく。こんな私を住岡さんが?
ケイタイを閉じようとした時、振動と共に受信マークが表示された。
『今夜は外で食事しませんか』
住岡さんからだった。
暖簾をくぐり、石畳を渡ると、街とは隔たれた非日常な空間が広がる。
住岡さんが名を告げると、着物姿の女性は私達を個室へと導いた。
「和食にシャンパンも悪くないんですよ」
住岡さんは慣れた様子でグラスを顔の前に掲げる。シャンパンなんてどのくらいぶりだろう。黄金色の液体が美しい泡を途切れることなく放っている。
住岡さんの口から発せられる「乾杯」が、食事のはじまりとともに、別の何かのはじまりも告げたような気がした。程よく口腔内を刺激する甘い味わいが予感に拍車を掛け、正常な判断を下す自信がなくなる。
前菜が運ばれ、扉が閉まると、適度に照明が落とされた空間で、二人だけになった。
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