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「食べましょう」と右手のひらを返して見せ、料理をすすめる。それに促され、青竹に美しく盛り付けられた前菜のひとつに箸をつけた。季節が夏だという事を思い出させてくれる。
「このお店はよく来るんですか?」
「今回が2回目です。最初は朋美と来て、とても良かったのを思い出して」
「朋美には、今回の事話したんですか?」
「はい、今うちに来ているという事は知ってます。心配だと言ってましたよ」
「そうですか……」
あの日朋美が住岡さんを連れて来なかったら、今頃私はどんな気持ちで過ごしていた事だろう。考えたくない。とにかく朋美と連絡を取って、自分の口から報告しなくてはと思った。
「優花さんは、この先どうするんですか」
「はい、実家に帰ろうと思ってます。なるべく早く母に迎えに来てもらおうかと」
母親に迎えにきてもらう、なんて三十歳の自分が言っている事が気恥ずかしくなったけれど、お金がない以上仕方ない。
「僕達の事は気にしなくて構いませんよ。もう少し居てもらっても」
「いえ、そんな。いつまでも甘えるわけには」
「ご主人とは今後……?」
「別れるつもりです」
すると住岡さんは急に神妙な顔つきになって、箸を置いた。
「まだ離婚が成立してないのにこんな事言うのも心苦しいのですが、お願いがあります」
お願い? 空気が張り詰める。
「何でしょうか」
「実は……、僕の彼女役をしてもらいたいんです」
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