1/6
前へ
/74ページ
次へ

 季節は少しずつ秋に移ろうとしていた。  今年は特に残暑を感じる事なく、九月に入ってからは急に気温が下がり、しとしとと静かな雨音を聞く日が多くなっていた。テレビでは「これから一雨ごとに涼しさが増します」という言葉と共に、天気図の説明をしている。  先日面接を受けた会社はすんなりと採用が決まり、人手不足という事でいきなりシフトをたくさん入れられたけれど、おかげで早く仕事に慣れる事ができた。  人間関係も特に問題なく、というか希薄で、みんな誰にも構わず、黙々と作業に勤しむ人達ばかりで、気楽だった。たまに大学生バイトの北沢君が話しかけてくるくらいで、明日の休日申請に関しても『どこか行くんですか?デートですか?』と半ばバカにしているようにもとれる口調で話しかけてきた。  「まぁまぁ当たってる」と返すと満足したようだった。  雨は上がったものの、雲は取れず、どんよりとした空が広がっている。  私は久々に東京に足を踏み入れていた。  建物や街ゆく人々は、洗練されているけれど、排気ガスまみれの空気を吸い込むと、そこにはまるで多くの人間の 鬱積(うっせき)が溶け出しているように感じられた。     
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!

745人が本棚に入れています
本棚に追加