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「好きよね、この映画館が」
付き合って2年の彼女が僕の目を見つめながら言った。
少し探るような彼女独特の目つきだ、この目つきに惚れたと言っても過言ではない。
「昔からの行きつけなんだ」
「それは知ってるわ」
彼女が聞きたいのはどうしてこの映画館が好きなのか、ということだろう。
今も彼女と名作のリバイバル上映を観に訪れているこの映画館は、規模こそ小さい。
シアターはひとつしかない、映画好きが高じて始めたのだろうか昔から変わらないおじいさん(昔はおじさんだったのだ)がほとんどひとりで切り盛りしている。
勿論4DXなんて最新の設備はないし、新作映画がいち早く公開されるということもない。
やっている時間も短ければ上映作品数も少ない。
しかし、レトロモダンな凝られた内装や、センスの良い映画のラインナップ、併設されている喫茶店のクリームソーダの美味しさ、映画好きのおじいさんの優しくたたえられた微笑み、それら諸々が好きでここに足を運ばずにはいられないのだ。
それに、明確にこの場所に来るようになったきっかけも理由もある。
それを彼女に話そうと思ったが、今から映画が始まるところだ。
上映中の私語なんてのはもってのほかである。
「映画が終わったら、喫茶店でこの場所との馴れ初めを話すよ」
落ち着いた赤色の座席、隣に座る彼女に僕がそう言うと、彼女は返事をするわけでもなくただにこりと笑ってスクリーンに向き直った。
赤いリップが彼女の涼しい顔によく映えている。僕も正面を向いた。
ブーーーーーーー…
映画の始まりを知らせるブザーが鳴る。
一面真っ暗になる小さなシアター内。
一番後ろの座席にはいつも通りおじいさんが自身も映画を見るために座っていた。
スクリーンいっぱいに映し出される往年の大女優の整った顔。
ステレオに聞こえてくる計算し尽くされた耳触りの良い音。
そうして僕の意識は物語の中へと吸い込まれていった。
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