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僕は小さい頃、この映画館の近くの小さな木造アパートに住んでいた。
一人っ子で両親も共働きだった僕は所謂鍵っ子だった。
兄弟がいないと自然と一人遊びが上手になってくる。その頃の僕のブームは押入れの中にこもってそこを秘密基地だと思いながらその中で過ごすことだった。
目をつぶってこの場から始まる大冒険をただただ想像したり、懐中電灯を持ち込んで暗闇の中その灯りだけで漫画を読んだり。大人になってしまうと何が楽しかったのかはもうわからない。けれどあの頃は押し入れにこもって自分だけの時間を過ごすことにワクワクしたものだ。
押入れの中には勿論物が仕舞ってあったので僕の使えるスペースは狭いものだった。
ある日、そのスペースを少しでも広げられないかと物を動かして画策していたところ、見つけてしまったのだ。
壁の穴だ。
壁に開いた穴というのは子どもにとっては(いや、大人にとってもそうかもしれない)未知の世界に繋がるようなロマンを感じるものだ。
その、大人が親指で押したくらいの大きさの穴を、僕は当然覗き込んだ。
今だったら何も見えるはずはないと思って覗き込みさえしないかもしれないけど、あの頃の僕には絶対にその向こうには何かがあるという確信があった。
そうしたら本当に向こう側が見えたんだ。
それは隣の部屋だった。
僕の住んでいた木造アパートは少し変わった作りになっていて、部屋の間取りが規則的ではなかった。あの頃はそんなこともよく考えていなかったから僕の家の押入れに開いた穴から隣の人の部屋の中が見えようと特に不思議には思わなかったのだけれど。
穴の向こうには、丁度隣の家の人のテレビがよく見えた。
テレビの画面がすっぽりと覗き込んだ穴の真ん中に収まっていて、その周りに少しだけ部屋の様子が見えるという感じだった。部屋の壁には映画のポスターと思われるものが沢山貼ってあったと思う。
自分の家にもテレビはあったけど、壁に開いた穴から覗き込む隣人のテレビは特別にドキドキして、面白いものであるように感じた。
隣人の様子はよく見えなかったが、何やらモゾモゾ動いたかと思うとビデオデッキを動かして映画をかけ始めた。
そのときに隣人が見ていたのは怪獣映画だった。幼い僕は押入れに閉じこもり穴を必死に覗き込みながら隣人と一緒に映画を楽しんだ。一方的ではあるが。
どこか退屈していた僕に訪れた刺激的な体験だった。
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