小さな暗室大きな暗室

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ブーーーーーーーー… 映画の始まりを知らせるブザーが鳴った。 おじさんが一番後ろの席に座っていて少しびっくりした。 そして始まった映画、初めて映画館で観た映画…それはとんでもなく面白くて、鳥肌が立つほど感動したのを覚えてる。 今なら理論的にその感動を言い表せるかもしれないけど、あのときはもうただひたすらに感覚的な感動だった。あの映画への没入感、身に迫ってくるような感覚、今も忘れられない。 穴から覗き込んで観ていた映画、あれも僕の中では十分に特別な映画のはずだった。でも、まだまだだった。映画館という場所で観る映画はこんなにも特別なものかと思った。 上映が終わってからも余韻でしばらく立てないでいた自分におじさんが声をかけてくれたんだ。喫茶店までおいでって。そしてそこでクリームソーダを出してくれた。甘くてシュワシュワで、映画で疲れた頭に染み渡るような感じがした。しかも映画のあまりの面白さに興奮した僕のとりとめもない感想をおじさんはひたすら柔らかい笑顔で聞いててくれた。 あの人はもう何回だって観てただろうし、そんなの言われるまでもなかっただろうにね。でも、聞いててくれたんだ。 「あれからもう僕はここの虜なんだよ」 少し長い思い出話だったが、彼女は終始真剣に僕の目を見つめたまま最後まで聞いていてくれた。この集中力と真摯さも魅力の一つである。 コーヒーの最後の一口を彼女が飲みきる。 「納得したわ」 余計な言葉を彼女は言わない。言葉ですら過剰に飾りつけるのを好まない人なのだ。 「ありがとう、特別な場所ね」 また、彼女がニコリと笑う。お礼を言われるとは。 確かにここは特別な場所だが、むしろその特別な場所に特別な時間を過ごしに来ているのは僕にとっての特別である彼女に特別に付き合ってもらっているという感覚でいたのだが。 つまり「特別なんだ、ありがとう」 僕もお礼を返した。お礼を言い合えるのは良い関係だろう。 この一言だけで僕の考えてることは全て伝わったはず。彼女は察しが良いのだ。 クリームソーダを最後まで飲みきる。糖分補充も完了だ。 「それじゃ、行こうか」 僕はお会計をしに席を立ってカウンターへと行った。お金を払う。 「またおいで」そう言っておじいさんが微笑んでレシートを手渡してくれた。 外に出るとよく晴れていて、空の青に雲の白色がよく映えていた。
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