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気が付くと彼は、妙な場所に立っていた。
そこは、中世期の西洋の城を思わせる大広間だった。
彼は近くにある鏡を見た。
そこには白い着物を着た、精悍な顔つきをした若い男が映っていた。
どうやら、彼ようだが、本人は少し首を傾げた。
彼が暫く鏡を見ていると、これまた西洋風の騎士のコスチュームを着た一人の青年が現れた。
青年は長髪の金髪で、アニメに出てくるような爽やかな二枚目だった。
青年は時々、笑顔を見せながら、何事かを話しているのだが、何も聴こえなかった。
続いて、これまたアニメに出て来るようなプロポーション抜群の金髪美女が、露出の激しい戦闘服みたいな服装で現れた。
彼女もまた、笑顔で何事かを話しているのだが、やはり何も聴こえない。
どうやら和装で日本人なのは彼だけらしい。
なんでだろう…
これは所謂、彼の好きな“異世界に来た主人公(彼)が活躍する”ってアニメとかの設定のようだ。
それにしても声が聴こえないってのは、どういうことだろう。
それだけじゃない。
周囲の物音や匂いも感じない。
そういえば、この広間にいる前は、どこにいたんだろう。
彼は急に思い立った。
彼は考えるが、思い出せない。
記憶喪失か?
しかし彼は、名前も生まれも生年月日も全て覚えている。
いつの間にか、さっきの二人が消えていた。
さらに、彼の眼が霞んできた。
彼の眼の前が白くなる。
意識が再び遠のくのだが、どこか心地いい。
・
・
・
老人は息を引き取った。
年齢は七十代半ば…
身寄りもなく、介護施設で寝たきりの生活していたらしく、その老人の部屋で、職員数名が看取った。
その老人の身の回りには、ファンタジー系のアニメのDVDやグッズが溢れていた。
これは、老人が若い時からの、唯一の楽しみだったらしい。
不思議なことに、老人の表情が、少しばかり微笑んでいる気がした。
亡くなる直前、老人は何を夢見たのだろう。
職員たちは、老人の微笑みが、人生に満足して息を引き取った証しなのだろうと感じるのだった。
(終)
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