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「あれ? ない」
がさりがさり。顔を覆い隠す黒髪のベールを振り乱しながら、鞄の中を探る一人の女子生徒。ぼさぼさの髪の奥から丸眼鏡のフレームが覗くが、彼女の表情は読めない。
朝倉千鶴は、その風貌のせいで、クラスから浮いていた。だから、彼女が教科書を探していても、声はかからない。
そんな彼女の様子に気づいた教員が、声をかけようかとしたそのとき。
「あ、あの……。俺でよければ、見せるけど」
隣の席だった新堂が、声をかけた。
引き寄せられる、ふたつの机。朝倉は、新堂から香る少年の匂いに、惹きつけられながらも、椅子を少しだけ離した。
しばらくして、彼女が先生に当てられる。音読の順番が回って来たのだ。
「朝倉さん、七十五ページの二つ目の段落から読んでください」
教科書が遠い。丸眼鏡越しに目を細める朝倉。
「ああ、手に取っていいよ」
「え、ああ。うん」
机の狭間に寝かされていた教科書は、朝倉のか細い掌の上に。
ぼそぼそと読む声は、先生の耳に届く前に、板張りの床の上に落っこちた。先生は、声を大きくすることを強要しなかった。
黒髪のベールの下から覗く、彼女の唇が言葉を紡ぐ。すると、半ば少年の声のようなアルトボイスが、隣にいる新堂だけに届いて、鼓膜を震わせるのだ。
どこか見覚えがあるんだけどな、そう思いながらずっと、新堂は彼女の口元を眺めていた。
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