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俺は電車を降りた。
時刻はすでに10時をまわっている。すっかり夜だ。
本当はもう少し早く、帰れるはずだった。
けれど、あそこに帰っても一人だと思うと、なんとなく足はゆっくりになり、いつものように、なにをするでもなく、繁華街をぶらついていた。
たくさんの人の中にいると、気が紛れる気がして。
本当は何も紛れないことくらい、わかっているけど。
勤務先から転勤を命じられて、一人、大都市にやってきたのは、二ヶ月前のこと。地元で就職したはずなのに、結局こんな大都会に来てしまった。
独身だから一人暮らし。人生初。
慣れないことだらけだから、本当に忙しい。
そもそも、朝の電車が地獄だ。なんだ、あれ。会社行くだけで誉められてもいいんじゃないか。おかしい、絶対。とにかく人が多い。
ああ、疲れたな。
毎日、いや、毎時間、そう呟きそうになる。
新しい職場、新しい人間関係、新しい生活。
新鮮?笑わせんな、ぐったりだよ。
朝起きて、会社行って、帰って来て、寝る。
そのパターン自体は前々から変わっていないはずなのに、どうしてこうも、うんざりするほど疲れるのだろう。
慣れていないからか。
駅を出て、ぼおっと空を見上げても、月すら見えない。星なんて、とても見えない。
明るいんだよなあ、多分。全然そんな風には思わないけど。
地元もどっこいどっこいだったが、まだ、高層の建物が少なかったから、見上げれば視界は開けていた。
それがなんだ、この都市は。見上げれば、建物が目に入り、空すら切り取られて見える。おまけに、明るいとくるから、ただ、よどんだ暗さが見えるだけ。
視線を上げても逃げ場がない。
本当に、息がつまる。
そんなことを思いながら、家へと歩く。
駅前の大通りをそれて路地に入る。
駅やらコンビニやら飲食店やらの光がぐっと減り、暗さが増す。
あんな光、一本道を入れば届かない。
うつむきがちに坂にさしかかる。
この坂をおりて、右へと曲がったところが俺の住むアパート。
人通りはない。街頭が点々と道を照らしている。
ぼおっと、伏し目がちに歩いていたから、俺は気づかなかった。向こうからやってくる人の存在に。
坂をおりきった交差点。
いつものように右に曲がりかけたところで、
ドン
と俺はその人と衝突した。
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