ゴールデンアワー

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 青い空、だった。  雲一つないまさに青天と呼ぶに相応しい、そんな青が見渡す限り覆いつくす。ぼくはいつも通りリュックを背負い、家を出て庭に置いてある自転車にまたがった。すぐ目の前にある急勾配の下り坂に向けてペダルを漕ぐと、自転車はすぐに勢いに乗り、タイヤの風を切る音が耳に抜けていく。髪が揺れて、何処からか蝉の声が聞こえて、近所の公園から子供たちの楽しそうな笑い声も聞こえてくる。どこにでもある夏の風景がぼくの横を流れていく。  しばらく漕いで行くと、辺りは途端に静かになった。家やスーパーの代わりに人気のない工場や蔦が壁中に絡まった建物がちらほらと佇んでいる。 『そこはね、もう死んでしまった街なのよ』  随分昔に母がそう教えてくれた。死んでしまった街。確かにそうかもしれない。人もいない、廃れた建物群。さっきまであんなにうるさかった蝉の声すら聞こえてこない。まるでここだけ世界から切り離されてしまっているかのように。でもそんなどこか廃退的な雰囲気が嫌いじゃなかった。止まってしまっている、停滞しているところが、同じように立ち止まったまま動けなくなってしまったぼくを安心させてくれるからかもしれない。そこからさらに進んでいくと、目的地がある。
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