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その晩、男はさっそく香を焚いた。
果物の腐ったような、甘ったるい香りがして、香炉からゆらゆらと煙が立ち上った。
煙は見る間に人の形になり、女の輪郭になり、妻の姿になった。
男は懐かしさで胸がいっぱいになった。
声をかけようとしたが言葉が出てこない。
もやもやとした煙の中で、妻は虚ろに微笑んでいたが、やがてはっきりとした姿になると、眦をつり上げた鬼の形相となった。
「わたしを呼び戻したのはお前か。あんたの顔など見たくもない。せっかくあんたから解放されて静かに眠っていたのに、よくも起こしてくれたわね」
低い声で吐き捨てた妻に、男は仰天した。妻のこんな態度は見たことがなかった。
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