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長井の家は集落内のどこよりも大きく、もとは茅葺と思われる急勾配の屋根が乗っていた。トタンの錆具合を見るに、変えてしばらく経つように感じられた。けれど、家の中はさながら昔話に出てくるような、たたずまいのままだった。
吉野は自在鉤の下がる囲炉裏など初めて見た。床や太い梁がむき出しの天井は黒光りし、湧水が水道替わりで裏山から引き入れ溜めておけるように甕が土間に置かれていた。使いやすいようにその横に流しが設えてあり、竈が二つある。
「ここは山が深くて昔から天狗だとか山男だとか話が伝わってるから、ずいぶんまえにはあんたみたいな若い学生が話を聞きに来たもんだ」
吉野は苦笑した。大学を卒業してからだいぶたつが、長井くらいの年齢からしたら同じようなものなのだろう。
「長井さんは、何か見たことは?」
学生たちは民話の収集にフィールドワークしに来たのかも知れない。たしかに語り継がれる物語がありそうな雰囲気のある地域だ。
「そうだなあ。山いっぱいに狐火が灯ったのを見たことがあったけんど、子どものころの話だ。今となっては夢かうつつか」
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