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 長井老人は、立ち上がると造りつけの戸棚を開けて、大ぶりなガラス瓶を持ってきた。どうやら果実酒らしい。蓋をひらくと、甘い香りが漂った。 「こんなものしかなくて、悪いな。駅で誘ったのはおれなのに」  白い湯呑に、金色の酒を長井は注いだ。 「いいえ、野営を覚悟していたので、泊めていただけて助かりました。それに、山のものがこんなに豊かだなんて、初めて知りました」  鮎の燻製や、採れたての山菜のおひたし。若く柔らかいタケノコの天ぷら、塩漬けにした茸のおろし和えや老人がここで育てたという米。派手なものはない。長井が用意した素朴でつつましやかな料理だった。けれど水が違うのか、それとも駅からさんざん山道を歩いて疲れていたからか、吉野にはどれもこれも素晴らしく感じられた。  渡された果実酒もまた、とろりとした黄金色を器の中にたたえ、芳醇な香りがした。 「山はいい。おれひとりくらい難なく養う。もっと人がいた時には、山へ猟へも出かけた。春は山菜、秋は茸。みんな自分だけのとっておきの場所を、それぞれ内緒にしていた。実の親子でも、いよいよって時にしか教えなかったもんだ」  
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