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「いくらでも出すわ。だから、ヴィエノを……」
『一度しか言わない。受け渡し場所は、ルースト・パセヂだ』
「ルースト・パセヂですって?」
ルースト・パセヂと言えば、この西の大陸と、北西半島、南西半島を繋ぐ宿場町で、入国審査も兼ねている。
『正確に言えば、その手前のホテル街だ。ウルバノ・ホテルへ、お宅の執事を向かわせる』
「トレントのこと?」
『そうだ。そのトレントが、貴様から受け取る二万グロスを持って私の元へ来る。そうすれば、金と引き替えに、私は貴様の娘をトレントに渡そう。あとは、トレントが娘を連れて貴様の元へ戻れば、取引は完了だ。分かったな』
「分かったわ。でも、お願い、少しでいいから娘と話を」
しかし、こちらの言い分など、誘拐犯は聞いてくれなかった。
『すぐに出発しろ。いいな。ホテルに着いたらこの端末へ連絡を入れろ』
必要なことだけ言ってしまうと、通信はすぐに途切れた。
***
エレンが『忘れ物』と主張する鞄の中身を確認するや、ティオゲネスは彼女を促してベンチから離れた。
こんな所に札束を置いておく理由は、いろいろと考えられる。が、思い当たるどれが正解であっても、ティオゲネスの経験上、その場に長く留まるのは得策ではない。
ベンチからは完全に死角になる、駅公衆トイレの出入り口付近へ移動した今、封筒はティオゲネスが、鞄はエレンが持っていた。
「……やっぱり、落とし物だよね」
ティオゲネスの手にした札束を見て、エレンが呑気に呟く。
「だっから、こんなモン、わざわざ旅行鞄に入れて落とすかっつの」
形のよい口元をひん曲げながら、ティオゲネスは、彼女のおめでたい意見を一蹴した。
昨年のほとんどは、彼女だって結構な修羅場をくぐって来た筈だ。だのに、この成長のなさは何なのだろう。
(てゆーか、ホントに何で俺、こんな女に惚れてんだ?)
思わず、自問した。自分の女の趣味を、真剣に疑ってしまう。
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