Prologue

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 午後四時五十五分。  この日も、メストル・シティ駅は、普段通りに会社、あるいは学校帰りの客で、いつものように混雑していた。  その中を、せかせかと歩く一人の女性の姿も、駅の日常に紛れている。  しかし、彼女には、その日常の景色は、ほとんど認識されていないらしい。旅行用の小振りの手提げ鞄を、抱き締めるように大事に抱え、落ち着きなく視線をさまよわせている。  教会の礼拝堂を思わせる駅舎エントランスの、中央にある休憩スペースへまっすぐ進んだ女性は、そこにしつらえられたベンチへ腰を下ろした。  そうしながら、またもソワソワと辺りを見回している。直後、彼女はビクリと身体を震わせ、忙しなく春用コートのポケットへ手を突っ込んだ。  取り出した携帯端末の画面をタップし、耳へ当てる。 「……もしもし」  答えた声は、小さくて震えていた。 「言われたモノを持って来たわ。ヴィエノは……ヴィエノは、無事なの?」  ややあって、女性は「そんな」と泣きそうな声を出す。 「持って来たのだから、いいでしょう? こんなモノはあげるわ。だから、ヴィエノを……ヴィエノを返して」  瞬間、彼女はまたも雷に打たれたように身体を震わせた。 「……分かった。分かったわ……このまま置いて帰る。……ええ、分かっているわ。連絡を待つわ。だからっ……!」  そのあと、彼女は目を見開き、しばらく端末を耳に当てたままでいた。しかし、やがてノロノロと端末を上着のポケットへしまう。  そして、再びキョロキョロと周囲を見回し、やがて抱えていた鞄を、ベンチと観葉植物の植木鉢の隙間へ、目立たないように押し込んだ。
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