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続いて部屋へ入ったティオゲネスとラッセルは、チケット申し込みの紙へ記入する振りで、記入台の前へ立った。彼女のほうへ背を向け、耳だけは彼女と駅員のやり取りにそばだてる。
「シュヴィアス駅への夜行の席は、まだ空いていますか?」
「少々お待ち下さいませ」
「シュヴィアス駅?」
ティオゲネスが呟いたのを拾ったのか、ラッセルが小声で返す。
「ルースト・パセヂの最寄り駅だ。ここからだと、直行便で九時間くらいかな」
今から行こうと思ったら、到着は日付をまたぐ。
さっき、女性が改札の駅員とやり取りしていたのは、今からそこへ行く便があるかどうかを訊いていたのだろう。
しばらくパソコンを操作していた駅員は、やがて手を止め、「お待たせ致しました」と言った。
「午後八時発、シュヴィアス駅行き宿泊列車がございます。お席のランクのご希望はございますか?」
「できれば一等か二等が良いけど、なければ三等でも構わないわ」
「了解致しました。少々お待ち下さい。空きをお調べします」
再度、他に客のいない室内に、カタカタと小気味よい音が跳ねる。
「お待たせしました。二等に一つ、空きがございます。お取りしますか?」
「お願い」
三度、キーボードを叩く音が響いて、何度目かで駅員が、「お待たせ致しました」と言う。
「五百六十グロス頂きます」
「分かったわ」
女性は、ポシェットから財布を取り出すと、「カードは使える?」と訊ねた。
「大丈夫です」
受け取った駅員が、カードリーダーへカードを滑らせ、「先にカードをお返しします」と女性の手にカードを戻す。
直後、ラッセルがボトムのポケットから端末を取り出した。画面を確認するや、それをティオゲネスの方へ向ける。
ティオゲネスは、翡翠の瞳を瞬いた。
その時、ちょうどチケットを受け取ったらしい女性が、こちらを振り向いた。その顔は、画面に拡大・鮮明化された写真そのものだった。
無言で顎を引くラッセルに促されるように、ティオゲネスは彼女の進路を遮る。
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