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はあ、と溜息を吐いて、キーボードの上からファイルをどかした。
しかし、画面は元に戻らない。襲い来る睡魔と闘いつつ、打ち込んだデータがパーになったかも知れない訳で、ショックを受けたいのはティオゲネスも同じだ。
とにかく、呆然としていても始まらない。
幸い、強制終了に必要なキーは無事だった。ティオゲネスは、さっさと一度電源を落とし、ラッセルを振り向く。
「これ、キーボードだけ新調するか、まるっと買い換えるかのどっちかだな」
「……誰の給料から差っ引かれると思ってんだよ、クソガキャア……」
恨めしげに言ったラッセルは、迂闊に振り下ろしたファイルを、悔悟の念とともに眺めた。
自身より戦闘能力の劣る同僚にするのと同じノリで攻撃を仕掛けたのが、そもそも失敗だった、とその顔に書いてある。が、あとの祭りとはこのことだ。
それにしてもつい三日前、ティオゲネス自身のリハビリを兼ねて練習試合をした際に、ティオゲネスはラッセルを完膚なきまでに叩きのめしていた。あれだけコテンパンにしてやったのに、ヒットする保障のない攻撃を、何も考えずに仕掛けるとは、学習能力がないのではないかと他人事ながら不安になる。
「あ」
直後、壁に掛かったデジタル時計を見上げて、ティオゲネスは小さく声を上げた。
「悪い。俺もう帰るわ」
「帰る!? 帰るっつったか、今!!」
この状況放置して帰るとか、どんだけいい根性してやがる訳!? とラッセルの文句は更にヒートアップしていく。が、ティオゲネスは構わずデイパックを背負い、事務室をあとにした。
***
(……俺の根性の話なんて、今更なのにな……まだ四十前なのに、男の更年期ってヤツかねぇ。怖ぇ話だ)
シレッと内心で呟きながら、ティオゲネスはCUIO本部の通路を出口へ向かって歩く。
まだ十六歳のティオゲネスが、このCUIO、こと国際連邦捜査局で働いているのには、複雑な事情があった。
四歳で母親を失い、天涯孤独となったティオゲネスは、暗殺者養成組織で育った。だが、十歳の時、組織はCUIOの手入れによって崩壊した。
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