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待ち合わせまで、あと五分。
奇妙な、嫌な予感に眉根を寄せながら、ティオゲネスは駆け出した。
***
その頃、駅エントランスの中央部にあるベンチへ腰を下ろしたエレンは、改札の向こう側に設置されている大時計を見て、ホッと息を吐いた。
その大時計の針は、今、午後五時の三分前を指している。
ある事件のあと、エレンはメストル・シティにある、大学の受験準備を主とする予備校へ入り直した。そこの講師には、『五分前行動が基本よ!』と散々言われているにもかかわらず、つい去年まで田舎の孤児院で過ごしていた所為か、なかなかそれに馴染めない。
孤児院でも、大まかな一日のスケジュールは決まっていたが、本当に『大まか』なモノだったのだ。
都会では、未だに皆がせかせかしているように思える。時間に、がんじがらめに縛り上げられているようで、息苦しい。
この先も、こんな風に、時間にせき立てられるように生きて行かなくてはならないのかと思うと、エレンには少しだけ憂鬱だった。
(……そう言えば、ティオの方が遅いなんて珍しいな)
最近、やっと操作に慣れて来た携帯端末を確認するが、特にメールや通話が入っていた形跡もない。
これなら、彼はじきに到着するだろう。前に、『遅くなるなら、電話かメールくらい入れてよ』と言ったら、『その間に走った方が早い』と返ってきた。
実際、そういう時の誤差は、一、二分か、数秒だ。
何だかんだ、ティオゲネスも五分前行動ができない人種なのだった。
思わず小さく笑って落とした目線を、ふと右下へ泳がせた時、『それ』は目に入った。
「?」
何だろう、と身を屈める。その拍子に、下ろしたままの栗色の髪が、フワリと肩を滑った。
柔らかなウェーブの掛かる髪を、耳の後ろへ掻き上げながら、ベンチと、観葉植物の鉢の隙間を注視する。
そこにあるのは、小振りの――旅行鞄だろうか。
エレンは、眉根を寄せつつそれに手を伸ばす。
引っ張り出したところで、後ろから軽く肩を叩かれて、盛大な悲鳴を上げてしまった。
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