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「味見をしたわけではないけれど、本を見て作成したから、きっと美味しいに違いない。昨日の私よりは、成長できているはずだ」
どこか誇らしげに胸を張り、彼は語る。
にこにこと浮かべられた笑顔は、表裏のない、すてきな表情だ。
「……ありがとう」
礼を告げてカップを受けとれば、触れた場所より熱を感じた。出来立てホヤホヤのそれは、口をつけなくともわかるくらいには熱されているようだ。
鳥娘と呼ばれた彼女は、窓辺にそっとカップを置くと、また外の景色に目を向けた。焦がれるように空を見上げ、ほう、と息を吐いている。
どうやら、カップの中の液体が冷めるまで、暫しの間待つようだ。
「あっちっち!」
背後から声が聞こえ、次いで、ガッシャンッ!、と騒々しい音が鳴る。恐らく熱さに負けて手にしたカップを落としてしまったのだろう。「あぁ、私のティーが……っ!」と嘆く芋虫に、彼女は思わずと、小さく笑った。折角のがんばりが、水の泡である。
「はぁー、すまない、鳥娘。また床を汚してしまった。それにカップも割ってしまった。ああもう全く、これで一体何度目だ」
ぶつぶつと呟く芋虫は、そのまま遠退くように消えていく。謝罪と文句だけを残して部屋を出ていった彼は、恐らく掃除道具を取りに行ったに違いない。
静まり返った部屋の中、一度振り返り、床を確認。小さく広がる色のついた水溜まりに、こっそりと吹き出してから、彼女は窓辺に置いたカップを手に取った。
そうして徐に、その縁へと口をつける。
今や使用人紛いの存在となる芋虫は、物心つく頃からこの巣におり、共に生活を進めていた。家事全般を先陣切ってやってくれる彼には、いろいろと助けられてばかりである。
どこか抜けたところはあるし、ドジは目立つ。けれども真面目なところはあるし、かつ努力家。成長してから磨きのかかったその行いには、まさに脱帽という言葉がピッタリだ。
居候などではなく、いっそどこかの家の使用人になるのが、彼のためではなかろうか。
思考して、それを否定するように、彼女はゆるく首を振る。左右に揺られたそれは、今の考えに、否定的な色を宿していた。
彼なしではきっと、今の自分は生きられない……。
彼女はそれを、ひしひしと感じ取っていたのだ。代わり映えのない、平和な日常。ゆったりと続く、この静かな時間の中で……。
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