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「──本当にそうだろうか?」
黙々と考えていた鳥娘は、ふと聞こえてきた声に反応を示した。一度目を瞬き、体ごとクルリと振り返れば、共に彼女の髪が揺れ動く。窓から入る日差しに照らされ、きらきらと輝くそれはどこか眩しい。
鳥娘の振り返った先には、当然ながら小さな窓が存在していた。カーテンのない、開けっぱなしのそれは、柔らかな空気をこれでもかと、部屋の中に入れてくれている。
彼女は首を傾げた。
傾げて、少し考え、距離をとったばかりの窓に近づき、覗き込むように外を見る。
「……誰かいるの?」
姿の見えぬ声を確認するように、問いかけた。
「やあやあ、鳥のお嬢さん。本日のご機嫌はいかがかな?」
そう言って、天よりスルスルと下りてきたのは、紫髪の少年だった。きらりと光る細い糸を命綱とし、逆さまにぶら下がった彼の顔には、真っ白な、蜘蛛の巣のペイントが施されている。
──蜘蛛の魔女だ。
彼女はすぐさま察した。
けれど、警戒は表すことなく、カップの中身を飲み続けながら、彼の話を待つことにする。なんと気の据わった娘だろうか。
良い獲物を見つけた。
そう言いたげに唇を舐めた蜘蛛は、やる気の欠如した瞳を鳥娘に向ける。漆黒のそれに写し出された彼女の姿は、なんとも言えずに美しい。
「君は不思議な生き物のようだ。とてつもなく甘美な香りがしてくるよ。蕩けそうな、甘そうな、柔らかそうな、ステキな香りだ」
「ありがとう。でも、あんまり嬉しくないわね」
「そうかい? これでも褒めているんだけどなぁ……」
まあ、嬉しくないなら、これ以上の言葉重ねはやめておこう。
微笑んだ蜘蛛はその場で回り、逆さまの状態から、己が体制を本来の形へ。一本の糸に器用に掴まったまま、「ところで、外へは出ないのかな?」と、優しき言葉を口にする。
「出れないのよ」
はちみつティーの入ったカップを空にした彼女は、汚れだけが残ったそれを腹の前まで下ろし、寂しそうにそう言った。整った眉尻を下げ、悲しげにうつ向く姿は、とても儚い。
「出れない? なぜ? どうしてそう言い切れる?」
蜘蛛は問う。
至極理解できないと言ったように。
「君にはそんなにも素晴らしい翼があるのに? 君にはこの大空を駆けることができるというのに? なぜ出れないと諦めるんだい?」
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