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風鈴虫
昔の思い出に浸っていると、息子が嬉しそうにはしゃぎながら虫カゴを持ってきた。
「採れた!ねぇ、お父さん、採れたよ!」
見ると、カゴの中で小さなシジミチョウが飛んではとまり、飛んではとまりしていた。
「へぇ、大したものだ」
僕が感心していると、押入れの整理をしていた妻がやって来た。
「わ、チョウチョだ。すごぉい」
まるで少女のような純粋な微笑みを浮かべる彼女はしかし、息子とまっすぐに目を合わせた。
「でもね、このチョウチョ、こんな狭い所だったらすぐに死んでしまうの。採ってもいいけど、可哀想だからすぐに逃がしてあげて」
息子は、少し考えて……虫カゴのフタを開け、チョウを逃がした。
そんな彼を見て、妻は昔から変わらない柔らかな微笑みを浮かべる。
「お父さんに似て、優しいのね。チョウの代わりに、これをあげる」
息子に小さな水色の風鈴を渡した。
息子はしばらく不思議そうにそれを持って見ていたが、すぐに満面の笑みを浮かべて『チリン、チリーン』と鳴らしながら走り回った。
「押入れの整理してたら出てきたの」
妻がいたずらそうに笑う。
(その風鈴はね。お父さんが小さい頃、鈴虫の代わりにお母さんから貰ったんだよ)
息子がもう少し成長したら話そうと思い、妻の千衣と幸せを噛みしめて微笑み合った。
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