死ぬ前に、もう一度

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死ぬ前に、もう一度

しかし、登山中に突然、通り道が消え失せ、それまで歩んでいた道も消失した。 滔々と降り積もる雪を避けるため、突如現れたこの山小屋に入ったのだが、雪は一向に降り止む気配がない。 身を刺すような冷気が、徐々に体温を奪ってゆく……。 「俺、死ぬのかな……」 死ぬ前に、もう一度愛菜に会いたい。 愛菜に会って、いつものように、綺麗な風景の写真を見せて……いつもの眩い笑顔が見たい。 でも、もう、あの笑顔を見ることはできないんだよな……。 将太は、ゆっくりと目を閉じようとした。 その時だった。 山小屋の扉がすぅっと開いた。 将太は力を振り絞って目に力を入れ、瞼を開く。 凍りつくほど冷たくなった死際であったにも関わらず、仰天した。 雪のような白い肌に美しい白装束。 妖艶な笑顔を浮かべた、この世のものとは思えないほど美しい女性が立っていたのだ。 雪女は、右手で将太の顎を持ち、ゆっくりと自分の顔と近づけた。 さぁ、あなたも私の美しさに跪きなさい。 そして、この世の未練なんて沈め込むほどの快楽の中、氷の塊になるのよ。 雪女は、艶やかに笑った。 しかし……将太は僅かな力を振り絞って顔を背けたのだ。 雪女は仰天した。 「何故、拒む?」 こんな奴は、初めてだ。 雪女は尋ねる。 「何故、快楽に身を任せない? 私と会った者は皆、私との接吻を、そして快楽の上の死を望む。溢れ出る快楽に溺れればよいではないか」 「俺は……愛菜としかしない!」 雪女は、またしても驚いた。 こんな男は、今まで会ってきた中でも初めてだった。 俄かに、この男に興味を持った。 「愛菜とは誰だ? 話してみよ」
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