49人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
車を出す前に、トイレに行っておこうと思い、僕は車を降りた。
ドアを閉めて、ロックをかけ、キーをポケットに直す。尻ポケットに財布が刺さっていることを確認しながら、ゆっくりと踵を返した。
――と、その時、野菜や果実の熟した香り混じりのぬるい風が顔に吹き付けたと同時に、足に何かが当たり、僕は動きを止めた。
見ると、銀色のロング缶だった。口から、僅かに液体がこぼれ、地面を汚している。
「......」
僕は、ゴクリ、と生唾を飲み込んだ。足元のそれを見ていると、しない筈の、ビールの苦味が口いっぱいに広がっていくのだ。
そう言えば、家を出る前から、何も飲んでいない。思い出した瞬間に、口内だけでなく体全身に異様な渇きを覚えた。
僕は足元にまとわりつく、銀色のロング缶を思い切り踏み潰した。踏み潰してから、それを足で払いのけた。隣に停車していた白い軽自動車のタイヤに、それは当たった。
時間はまだまだたっぷりある。トイレに行く前に、まずは買い物をしよう。
煌々と光の漏れるスーパーの入り口へと、引き寄せられるように僕は歩いて行った。
とても、風が強い夜だった。
『誠実の命日』―END―
最初のコメントを投稿しよう!