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「目が先に成長していくから、描き上げた絵に絶望することもある。理解されないこともある。傷ついて、自ら筆を置いたとしても……誰に必要とされなくても……きっと君はまた描くだろう。だから、遠ざけること自体が無駄だと知っておいた方がいい」
スケッチブックを閉じ、返してくれた。
「今から魔法をかけてあげる。絶対に描くことから逃げ出さないための魔法だ」
何かを企んでいそうな顔をして笑った。
描けなかったのは、逃げていたからなんだろうか。私は言葉を待った。
「今、君の前で、こうやって息をして、絵を観て泣いて、大切な人を思って、そして話をしている僕は……」
人見さんは言葉を詰まらせた。目を閉じ、静かに息を吸い込んだ。瞼が、頬が、かすかに震えた。
「ひと月半も過ぎれば、この世にはいない」
私は首を傾げる。
「この世にはいない」に何か他の意味がなかったかを必死で考える。
「僕はもうすぐ死ぬんだ」
人見さんは目をあけた。充血している。
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