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こんなに真剣な顔をしているのに私は嘘だと思った。嘘でなければ、いけないと思った。
だいたい会ったばかりなのに、そんな重い話をするはずがない。
「今、最後の絵を描いている」
私は頭を横に振った。
「君に出会えたおかげで、どんな絵に仕上げればよいのかはっきりした。魔法はそのお礼だ。描いていて苦しいときは、今日描いた僕をみればいい。生きて描けることがどれだけ貴重か、思い出すんだ」
スケッチブックを抱きしめた。唇をかみしめる。嘘なんかじゃない。この人は本当に死んでしまうのだと思った。
死をこんな近くに感じたことはなかった。人見さんは自分がもうすぐ死ぬと知りながら、生きている。
「最後の絵は彼女のために描いている。まだ未完成だけど、絶対に歌の聞こえる絵にする。僕の絵はきっと、この先何十年も彼女を支え続ける」
自分の亡き後、何十年も愛する人を支える絵。私にはそんな絵が描けるようになるんだろうか。涙が頬を伝う。私は袖で乱暴に拭った。
「もう少しだけ、人見さんのことを描いて良いですか?」
微笑んで頷いてくれた。
人見さんに、絵を観てまわるよう頼んだ。自分のペースで観てもらう。
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