印象、日の出

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          ☆ 「てっきりモネみたいな絵を描くんかと」  私の絵を見て結城君は言った。  結城君とは友達の彼氏からの紹介で知り合った。何度か誘われて遊びにでかけたことがある。背が高い割に圧迫感がないのが不思議でなんとなく断らずにいた。  あの日は、絵をみたいと言うから家に連れてきた。  つき合うのかも、そもそも結城君のことが好きなのかもわからないまま、求めに応じ体の関係を持った。初めてだったけれど「ああ、こんなもんなんや」と思っただけだった。  あれから絵が描けなくなった。なぜか、真っ白なキャンバスの前に立つとモネの描いた睡蓮が見えてくる。  絵が描けなくても、結城君と会えばすることをしていた。 「京都にモネがきてるんやって、一緒に行こう」  結城君が、美術館に誘ってきた。  今回のモネ展の目玉は二十一年ぶりに来日する『印象、日の出』だ。前回来たのは私が生まれる前だった。  いろんな年代に描かれた絵があった。家族を描いたもの、風景を描いたもの。モネは迷わなかったんだろうか。  私は『印象、日の出』の前に立った。しばらくその場を離れられなくなった。『印象、日の出』は『印象派』の語源になった作品だ。モネが幼い頃を過ごした街の港に日が昇る様子を描いたとされている。描かれた当時、雑だ描きかけだと、全く評価されなかったらしい。  モネは何を描きたかったんだろう。  空はうっすらと赤みを帯びている。太陽は、鮮やかにくっきりと円で描かれ、静かに波打つ水面に赤い光がのびる。船をこぐ人たちは陰でしかない。後は、グレーともくすんだ青ともとれる曖昧な色で構成されている。  それなのに目が離せなかった。まばたきをしようと目を細めた瞬間に、モネの描きたかったものが見えた気がした。  目を見開き、また細める。  絵から、空気を感じた。その場に佇む錯覚におちいる。静かで音はない。  筆のあとがはっきりと残るその画面に、カメラには写し出せないを写実をみた。
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