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晩年の絵も観た。だけど、『印象、日の出』が頭から離れなかった。言葉にできない感情に支配されたまま美術館を出た。その足で結城君の家に行った。結城君の通う大学の近くにある学生用のワンルームマンションだ。美術館からもそう遠くない。
中に入った途端に抱きすくめられる。求められているものが、体だけであっても、包まれるのは心地よい。
結城君は絵を描く私を必要としない。絵を描けない私を責めたりしない。
それが今は救いに感じられる。
「百音」
何度も名前を囁かれる。
今日観た絵の数々が、頭の中でぐるぐると回る。
「今日、濡れへんな……」
問われて目を開けた。
私の肩に額を押し付けてきた。
「俺って、やっぱり、へた?」
「ごめん、結城君しか知らへんし、わからへん」
顔を上げて私を見た。
「あの時……俺、余裕なくて」
どうしてそんなに嬉しそうな顔をしているんだろう。
「百音は平気そうやし余計焦って……乱暴にしたつもりはないんやけど……痛かったか?」
私は少し考える。
「我慢できる程度やったけど」
結城君の顔が曇る。
「けど、何?」
結城君なら何でもないことのように流してくれる気がして、誰にも言えなかったことを言いたくなった。
「あの日から、絵が描けへん……」
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