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☆
結城君と会わなくなって、二週間が経った。私は白いキャンバスを前に、悩み続けていた。イメージが浮かんで掴もうとするとすり抜けていく。
私が生まれてきた理由が描くことだというのなら、どんな絵を描くためなのか知りたかった。
描けないまま、四月に入った。私は、もう一度『モネ展』へ行くことにした。最近は鉛筆とスケッチブックを持ち歩いている。美術館の辺りは、桜が満開だった。キレイだと感じても、描く気にはならなかった。
美術館へ入って愕然とした。『印象、日の出』の展示期間だけが終わっていた。しかし、他にも名画はある。気を取り直してもう一度観ていく。ふと、絵の前に立つ男性に目を奪われて、立ち止まった。綺麗な人だ。私よりは少し年上にみえる。
他にも人は居るが、ピンホールカメラで撮った写真のようにその人以外は曖昧だった。動かず、絵を観ている。描きとめたくなって、バッグからスケッチブックを取り出した。
短めの髪、白い肌、やせた頬。何よりも、骨格が、美しい。頭と手足の比率と。服は、ラインも色合いもバランスが完璧に取れている
全体をまず描きとった。顔に移ろうとページをめくる。
頬を涙が伝っていることに気づく。なぜだか神聖な気持ちになった。
私は横顔を描いた。
ページを戻し、服のディテールを描き込む。
突然、その人が座り込んだ。私は、慌てて駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
スケッチブックを小脇に抱え、肩に手を置いた。その場で顔を伏せたまま「大丈夫です」と言った。
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