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結城君をその場に残し冷蔵庫をのぞいた。
「煮込みハンバーグと、鰺の南蛮漬けと、牛丼の具があったんやけど、どれにする?」
声をかけると困った顔をした。嫌いなものばかりなのだろうか。
「どれも食べたくて、選べへん……百音が選んで」
私は吹き出した。なんだか笑いが止まらなくなった。絵が描けなくなる前でも、こんなに笑ったりしなかった。いつ以来かわからない。
「そこまで笑わんでもええやんかあ」
結城君が口をへの字に曲げた。
「ごめんごめん、全種類、二人で分けよう」
「ほんまにええの? 」
すぐに機嫌が直る。
ソファーの前のテーブルは低い。キッチンカウンターで食べてもらうことにした。自分一人の時は、タッパーのまま食べるけれど、器によそいなおす。
「ごはん、たくさん食べる?」
「う、うん、お願い」
結城君の声が裏返った。
キッチンカウンターから顔を出して、様子をうかがう。
「どうかした?」
「いや、百音にごはん用意してもらうん初めてやし……」
別に、私が作ったわけではない。
「待っててや、順に温めるし」
「わかった。百音のお母さんの絵をみとく。あの絵、あきひんな」
意外にじっくり鑑賞する。美術館でも、私が背景を記憶している間、モネの絵を観てまわっていた。
結城君は、美味しそうに食べた。自分でつくったわけでもないのに嬉しくなる。
「痩せたし心配したけど、こんな美味しいご飯食べてんのやったら安心やな」
「ありがとう」
ここ数週間、絵に集中できたことは良かった。それでも、たまには心が温かくなるような時間も必要だと感じる。
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