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店に入ると、窓際の一番奥の席に着く。浅木のお気に入りの指定席。
店の外からも、店内でも、一番目に付きやすい席かも。
このひとは、あたしといることに後ろめたさなど全く感じてはいないのだ。
「何にする?」
「シナモン・ティ」
自分の分のキリマンジャロと一緒に注文し、煙草を取り出す。
ライターのキャップを開ける、キン、という音。
長めの煙草に火を点け、窓の外の人の流れを眺めながら、ゆっくり、くゆらせる。
そんな彼の仕草を、目をビデオカメラにして、じっと見ていた。・・・いかん。このままじゃ、時間の無駄になる。
「何の御用でした?」
「あ、そうそう」
こと。テーブルの上に掌くらいの箱を出す。
「先週の週末、上高地の方へ撮影旅行に行ったんだ。
これ、お土産。
遅くなったけど、なまものじゃないから」
小さなこびんに入った、お茶の葉。
プラス、木製のスプーン、というセット。
…う、可愛い過ぎる。
「かりん味のお茶だって。田中さんは、いろいろ、ヘンなお茶が好きだからなー」
シナモン・スティックでお茶を掻き回す、あたしの手元を見て、笑う。
「どうでした? 上高地は」
(奥様ハ、御一緒デシタカ?)
「うん。なかなかいい写真が撮れた。
大正池に行ったんだけどね。
あそこはね、何ていうか…時間が止まっているんだよね。
霧の中で、樹木が水に浸かったまま、立ち枯れていてね。
…ほとんどモノトーンの世界なんだよね。
岸でぼんやり眺めてると…何だろう…あれは…そう、"終末"ってものを考えてしまう…」
ああ、きっと一人旅。
物寂しげな岸辺。
一人ぼっちでカメラを構えている姿を想像する。
「実際、あの池は常に常に姿を変えている…その時その時にしか出会えない光景がある。
田中さんも、いつか行ってみるといい。絵付けのいいヒントになるんじゃないかな」
「今度、写真見せてください、是非」
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