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「わかったよ。行かないよ」
うんざりしたような、ため息混じりの声。
「美森がそう思うんじゃ、しょうがない。お前を汚す手伝いはしたくないもんな。じゃあ」
素っ気なく切れてしまった受話器を抱いたまま、しばらく動けなかった。電話の前以上に虚しさがひどくなった。
睡。意地悪だ。余計に人恋しくなってしまった。
奇妙な寒さが戻ってくる。エアコンはとうに切ってあるのに。全身ががたがたと震え出す。
両腕で強く押さえても止まらない。息も苦しくなってくる。
助けて、助けてよ、睡。
他の誰でもない、あなたじゃなきゃ、だめなんだ。
傘を差すことすら思いつかなかった。
部屋着のキャミソールにジーンズのまま、表に駆け出した。
あの電話からもう10分は経っている。帰ってしまったに決まっている。
雨に霞むホームの端っこに、見慣れたグレンチェックの傘。
・・・なんて優しい笑顔であたしを迎えるの?睡。
「来ると思った。今の美森には、絶対俺が必要だってわかってるから」
土砂降りの雨が吹き込むホームで、ぐしょぬれの子猫のように抱き合った。
暴風雨警報が出ているから、人はまばらだし、雨や傘で隠されはするけど、人目が全く無いわけじゃない。
でも、そんなことを気にする余裕も、もう無かった。
「風邪ひくよ」
バカ。こんな状況であたしの心配するとは、あんたってば何てバカ。
「来て。うちに」
短い前髪が貼りついた額に、額をくっつけて、目を覗き込んだ。
「・・・お願い。睡」
あたし、もう狂いかけてる、と思った。こんなに我慢したのは初めてだもの。
何度も大きくうなずいてから、あたしの前髪を指でそっと左右に分け、額に長いキスをくれる。
睡の唇が、物凄く、熱い。
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