6/7
前へ
/20ページ
次へ
 入学式以来、やたら言い寄って来た、一つ年下なのに一年先輩。 医者の次男坊で、高卒後すぐこの美大に入学した。  両親の反対を押し切り、短大を中退し、二年間死ぬほどバイトして学費を作り、 睡眠時間を削っての受験勉強でやっと美大入学したあたしには、 彼の入学動機なんてボンボンの道楽程度のもの、程度しか想像出来なかった。  ひとなつこい笑顔と、ちょっと整いすぎた顔のつくりのギャップに、 つい引き込まれそうになることは、あったけど。 彼に興味を持ったきっかけは、パエトーンの彫塑作品だった。 乾燥室の棚に置かれていた、粘土細工。 ギリシャの神アポロンの子が、 父の太陽の馬車を勝手に持ち出し、運転を誤って地面に墜落する。 その直前の姿。 父から与えられるであろう罰への恐怖。 父の偉大さへの畏怖。 青ざめ、わななく少年の表情と、 馬車を包む修羅の炎。 驚愕し、足を高く突き上げ、暴れる馬たち。  五月の新歓コンパで、ふとした会話から、あの作者が彼だと知って あたしは面食らった。 へらへらと笑っている、目の前の陽気な酔っ払いを見ながら、 あれを作る激しさを、何処に隠しているのよと呆れた。 「俺ね、悲しみとか激情とかいったものを形にしてしまう為に彫刻やってるんだ。 皆が泣いたり怒ったりするのと、俺がこねたり彫ったりするのは同じものだから、普段怒ったり泣いたりする必要はあんまり無いんだ」  あたしも、かなり酔ってしまっていたようだ。 つい、ちょっとカッコいいヤツだなあと思った。 それが、その夜彼と初めて寝たきっかけだった。  そして、その夜から彼と離れられなくなった。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加