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その後何事もなく授業が終わり、楓真は家路についた。
楓真の美術部は、週一回集まって作品を出したり、ミーティングしたりするだけで自由な部活だ。
まぁ、そのため幽霊部員も多いけど…。
楓真は電車通学で、学校と家は二駅の距離だ。
基本楓真は電車では座らない。
ただ二駅という乗車時間の短さもあるが、昔座ってたら変なおじさんに文句を言われたことがあり、めんどくさいからだ。
今日はプレミアムフライデーだから、まだ4時なのに電車が混んでいた。
「はぁ…、最悪。」
楓真はプレミアムフライデー反対派だ。
楓真は満員とまではいかないが、混んだ電車の中に入った。
発車してすぐ、楓真は近くにいた違う高校の女子生徒の顔色が悪いことに気づいた。
楓真は一瞬人酔いかと思ったが、彼女の後ろに立っているのはサラリーマン。
まさか、と思い視線を落としてみるとそのまさか…。
楓真は静かな声でそのサラリーマンに声をかけた。
「おじさん、見てるこっちが気持ち悪いんで止めてもらっていいですか?」
サラリーマンは驚いた顔をしながら、「何のことかな?」と言った。
「プレミアムフライデーだからって痴漢していいなんて法律ありませんからね。」
サラリーマンは次の駅で降りたが、楓真はサラリーマンを車掌に突き出さなかった。
サラリーマンが降りた後、女子高生が楓真に声をかけた。
「あの、助けていただきありがとうございました。」
「あ、いえ。あのサラリーマン車掌に突き出さなくてすみません。」
「いえ、正直痴漢のことを聞かれるのは嫌でしたから。」
「そうですか、ならよかったです。」
楓真がサラリーマンを車掌に突き出さなかったのは、彼女を気遣ったわけじゃなかった。
楓真はサラリーマンの左手の薬指に指輪が輝いていたのを見て、サラリーマンの家族を壊す勇気がなかったからだ。
父親が、旦那が、痴漢をしたとなれば、社会的に辛い目に遭うだろう。
人を不幸にする勇気がなかったただの弱虫だった。
楓真は最寄り駅に着き、静かに電車を降りた。
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