優しい嘘

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優しい嘘

「春江はどこだ?春江を呼んでくれ」 今日もリビングルームからご主人様の声が聞こえる。 私は、音を立てずにドアを開け、するりと中に入って、ロッキングチェアーで背中を向けているご主人様の様子を伺い、見えていないかもしれないと思いながらも、にっこり笑って答えた。 「今お支度中です。もうすぐ、こちらにおいでになりますよ。もう暫くお待ちください」 私のお仕えする蔦の絡まる洋館に住むご主人様は、御歳80歳。 年の割には足腰はしっかりされている。 もう一切の名誉職は辞されており、外出されることも極端に少なくなり、訪ねてくる人も殆どない。 お子様はお嬢様がお一人しかおられず、しかもすでに他家に嫁がれていらっしゃるので、残念なことにご主人様の代で家名が途絶えることが決まっている。 婿養子を取るとことも選択肢の中にあったはずだが、私がお仕えする前の前任者から聞いた話だと、家名と恋人との狭間で悩まれるお嬢様の心の内を尊重され、『家のことは気にするな』とおっしゃって他家への嫁入りを認められたと聞いている。 時の流れに翻弄され昔のような華やかさは皆無になったとはいえ、由緒ある血を引く家柄。     
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